新年式では毎年5つの経営指針を発表しているが、今年度の経営指針の4番目は“ワーク・ライフ・バランス(work life balance)「 仕事と生活の調和」の推進”である。
「ワーク・ライフ・バランス」を指針のひとつとした大きな理由は、先日2月15日に、名古屋市主催の「中小企業 活き・イキ人材活用セミナー」で私が行った講演のタイトルが、「私が考えるワーク・ライフ・バランスとは 〜踏み出そうワーク・ライフ・バランスの第1歩〜」であったことにある。
昨年の11月末に、名古屋市役所の担当者から送られてきた講演依頼文には、前述のタイトルが仮題として記されており、講演内容としては、「ワーク・ライフ・バランス」を企業の中で推進していくには、どこから手をつけたらよいか、どのように社員に利用してもらえばよいかと悩む中小事業主や人事担当者が少なくない。そこで、社長自身の「ワーク・ライフ・バランス」に対する考え方を示したうえで、実際に朝日建設で取り組んでいる各種ワーク・ライフ・バランス施策を紹介してほしいという要望であった。
インターネットのフリー百科事典Wikipediaには、『2007年(平成19年)末、政府、地方公共団体、経済界、労働界の合意により、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が策定され、現在、官民を挙げて様々な取組が進められている。』とあり、「ワーク・ライフ・バランス」は、割合に新しい政策である。
しかし、当社では働き方に関する取り組みとして、1991年(平成3年)から女性技術者の採用を始めていて、1994年(平成6年)には、雇用促進事業団が発行する機関紙「つち」の「わが社の小さな改善 大きな成果」のコーナーに、「人は資源」と題して選択月給制やリフレッシュカーの開発などとともに女性技術者の採用が取り上げられた。
1997年(平成9年)には、北日本新聞社の企業グランプリ富山の経営部門賞を受賞(記事1、記事2)したが、リサイクルアスファルトプラントやカラー舗装などとともに、女性技術者の採用拡大が受賞理由であった。
1998年(平成10年)には、私が書いた「わが社の輝く女性技術者たち」が建設大臣顕彰を受賞し、平成12年度には、女性労働者の能力発揮を促進するための積極的取組(ポジティブ・アクション)について、他の模範とも言うべき取組を推進している均等推進企業として富山労働局長表彰を受賞している。
そもそも私が女性技術者を採用しようと考えたのは、男性の技術者の時間外労働時間の多さを何とか解消したいという思いからであった。前述の「つち」にそのこと を書いているので、書き写してみる。
「時短を進めようとするときに一番問題なのが、会社で最も残業の多い土木工事課の男性技術職社員の長時間労働をどうするかでした。そこで女性でもできる仕事、あるいは女性のほうが上手にできる仕事があるはずだと考え、平成3年4月に高校の普通科の新卒女性を採用しました。この女性は3年後、写真撮影や出来高測量から、補修など小さな工事の現場代理人もできるようになりました。(後略)」
当社がこれまでに採用した女性技術者は、土木14名、電気2名だが、現在も勤めているのは、土木工事部の2名と、総務部に異動した1名、そして、ユニバーサルデザイン室で、福祉用具レンタルの営業をしている1名のあわせて4名だけである。有能な女性技術者ほど、結婚、出産後に保育所への送迎などで周りの社員に迷惑をかけるのではないかという思いから、結婚を機に退職していった。そこで講演のタイトルをきっかけに、今後は、事務職の女性のように、子育てしながらも働き続けられるようにしなければいけないと考え、今年度の経営指針に「ワーク・ライフ・バランス」を掲げたのだ。
ある経営コンサルタントは、「“企業は人なり”というが、中小企業においては人とは社長自身である」と言っていたが、その通りだと思う。「ワーク・ライフ・バランス」に関しても、私が最も関心を払わなければいけないだろう。そこで、男性の残業や休日出勤に対しては、私が週間スケジュールをチェックするとき、これまでのコメントに加えて、休日出勤予定者には、しっかり代休を取るようにコメントし、家族旅行をする社員には、良い思い出を沢山作るようにとコメントし、また、感想を求めるようにしている。
ただし、考えるべきは、充実した生活(ライフ)を送るためには、雇用が安定していることが前提であり、そのためには、どこかの総理大臣のように「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と叫んでいるだけではダメだということだ。自分が働く企業が成長、発展してこそ、そこに「ワーク・ライフ・バランス」を考えるゆとりが生まれるのであり、そのためには、仕事(ワーク)の効率を高め、時短しながら付加価値を高めることがなければならない。同じ仕事なら、どうすればこれまでより早く仕上げることができるかと、働いている時間中は必死に考えることだ。
コラムのタイトルは、藤井聡京都大学教授が昨年10月に出版した本の書名である。
この本の帯の表紙側には、“「コンクリートから人へ」じゃ、国が滅びる!”と書かれ、「あなたの常識がくつがえる」として、*「道路不要論」は数字の詐術、*財政赤字の犯人は公共事業じゃない、*誰も書かない八ッ場ダムが必要な理由、*道路渋滞で年12兆円の損、*シャッター街化を止める秘策は何かetc と興味を引かれる言葉が並び、裏表紙側には、“日本の道路水準は、こんなに低い!”として、「自動車1万台あたりの高速道路の長さ」を示した棒グラフが印刷されている。
2009年9月に政権交代を果たした民主党は、衆議院選マニフェストで1.3兆円の公共事業費を2013年度までに削減すると表明しており、2010年度予算で公共事業費は過去最大の前年比18.3%減の1兆2970億円削減され、約5.7兆円となった。前原誠司国土交通大臣(当時)は、マニフェストの公約を1年で達成したのだから 11年度予算は10年度と同額にすると言ったことを私は未だに忘れてはいない。
しかしその後の、子ども手当て、公立高校の授業料無償化、農業者個別所得補償などのバラマキ政策の財源を捻出するための事業仕分けが成果をあげたとはとても言えない状況から、本当に11年度の公共事業費予算は10年度と同額になるのだろうかと怪しんでいたら、案の定、8月末の概算要求で、各省庁は既存予算の1割削減を求められた。公共事業費はすでに大幅に減らしているとして、前原国土交通相(当時)は反発し、前年比横ばいで要求したものの、結局は前年比5.1%減の政府予算案となり、公共事業費は10年連続削減されてしまうことになった。政治家の言葉は、やはり当てにならないものである。
これでは当社の2011年の経営は一層厳しくなると覚悟を決め、わが社の新年度の経営を考える材料にと思い、 正月休みにこの本を読んだ。
著者は「はじめに」において、本書の結論は、「空港や港湾、道路をもっと増強しなければ、日本の国力はガタガタとなり、早晩、日本の経済も社会も文化も、今以上に衰退の一途をたどり、二度と立ち直れない国になってしまうだろう。今まさにあるべき公共事業を強力に推進することこそが、日本を救う手立てなのだ」と書いている。そして、「まずは、現状の世論で紹介されている「公共事業・不要論」が、いかなる意味で不当でナンセンスなものかを振り返るところから、はじめたいと思う」として、第一章「コンクリートから人へ」のウソで、まず、日本の公共事業の見直し論の引き金のひとつになった「日本の公共事業費が、異常に高い」というデータを示すグラフを検証している。そこでは、驚くべきことに、引用されている統計データが諸外国と日本では違っており、さらに諸外国が「2007年」の資料を利用し、日本だけが「2004年度」の資料を用いているとして、改めて同じ統計資料の同じ年度でグラフをつくると、日本の公共事業費は、先進諸外国の中でも突出して高いというわけではなく、むしろ、フランスのほうが高いくらいになることを証明している。さらに、本当に、「日本の道路は世界のトップレベル」なのか?と筆を進め、「可住地面積あたりの道路延長」というナンセンスな基準によって、日本が「世界に冠たる道路王国」であると主張され、「無意味な道路建設が止められないのは、道路事業で甘い汁を吸っている業者や政治家、官僚達が、自分の利権を守りたいからに違いないのだ」という論へとつなげられているが、そもそも「可住地面積あたりの道路延長」という基準自体が論理的に破綻しているのではないかと厳しい指摘がされている。
第二章から第七章まで、「豊かな街」をつくる、「橋」が落ちる、「日本の港」を守る、「ダム不要論」を問う、日本は道路が足りない、「巨大地震」に備える と、6つのテーマを一つ一つ数字をあげながら明快に解説されている。日本がこのままではダメになると、私も同感した。
そして第八章日本が財政破綻しない理由では、財務省が、国の債務残高(借金)が平成22年3月末時点で882兆9235億円となり、過去最大を更新したと発表し、ニュース報道は、国民一人当たりの借金も過去最悪の約693万円になり、700万円の大台に迫ったとして「日本政府は破綻する!」とあおる。しかし、国とは政府だけではなく家計も法人も皆含まれ、日本経済全体では対外純資産が247兆円あり、国民一人当たり約200万円ものオカネをよその外国に貸しているという状況にあると説く。そして、最終章の第九章が、本書の題名の公共事業が日本を救うである。
読み終えて、改めて建設業の重要な使命を認識し、地域のため、日本のためを忘れずに経営に当たらなければいけないとの思いを新たにした。
日本の政治がこのままでは、日本は確実に三流国家に堕ちるであろう。全国民の5%が本書を読めば、日本の政治が変わるのではないだろうか。ぜひ、読んでいただきたい。
11月16日に名古屋市で開催された「三方良しの公共事業改革推進カンファレンス2010」に、昨年東京で開催され私も事例発表した「三方良しの公共事業改革推進国際カンファレンス2009」に引き続き参加した。
この会議(カンファレンス)で最も印象に残り感激もし、会議が終ってからもいろんな席でいろんな人に紹介しているのが、国土交通省中部地方整備局企画部長の野田徹さんが座談会の冒頭で述べられた「究極の発注者責任とは、受注者に損をさせないことだ」という発言であった。
野田さんは、座談会での再度の発言で、「究極の発注者責任とは、受注者に損をさせないことだが、それは発注者の原因によって損をさせないということ」と「発注者の原因によって」を補足された。
このことが重要なのだ。施工者の工程管理が悪くて手戻りが発生したとか、品質管理が悪くて手直しをしたとか、安全管理の不備から事故が起きてその処理に費用がかかったとかといった施工者(受注者)に100%原因があって発生する損失以外に、発注者が原因で損が発生しているという事実があることを、発注者の中でもトップの国土交通省の幹部がシッカリ認識しているからこその発言なのである。
今、国土交通省だけでなく県の工事でもワンデーレスポンスが行なわれているが、このワンデーレスポンスは以下の経緯で生まれた。
国土交通省北海道開発局の開発監理次長に就いた奥平聖さんが、2004年7月に行った同局発注工事の現場代理人経験者に対するアンケートで、現場から出る質問に対して,発注者の回答や判断が遅いという指摘が目立ち、発注者の冗漫な現場対応が,建設会社の経営に少なからずマイナスに働いていたことを知った。そこで、極力、現場を止めないために、受注者の質問に迅速に答えるようにしていこうと考え、「現場から挙がってくる質問や相談に対して,発注者は1日以内に回答せよ」と自らが名付けた取り組みである。(「日経コンストラクション」平成19年
12/28)
この北海道での取組みが、2007年5月8日、東京で開催された「三方良しの公共事業改革推進フォーラム」の席での「三方良しの公共事業改革宣言」に繋がった。そしてその後、三方良しの運動の定着化を目指すことを目的とした「三方良しの公共事業推進研究会」の設立(2008年5月)に、私自身も関わることになった。
2009年7月7日には、私が企画して富山県建設業協会の主催で「三方良しの公共事業推進セミナー」をボルファートとやまで開催し、当社が施工した富山大橋右岸函渠工工事(富山県発注)でのワンデーレスポンスの取り組みについて、前富山土木センター管理検査課プロジェクト推進班副主幹の浜本進さんと当社の現場代理人を務めた稲葉仁さんが事例発表した。
このようにワンデーレスポンスや三方良しの公共事業改革運動に共感して活動している私だが、「三方良しの公共事業改革推進カンファレンス2010」で野田さんの言葉「究極の発注者責任とは、受注者に損をさせないことだ」を聞き、企業は利益を上げなければ存続できない存在であるという当たり前のことを確認させられたという思いをしている。
当社の土木工事部の技術者からは、発注者の監督員に「業者に損をかけない」との思いはさらさらなく、反対に「業者を儲けさせてはいけない」、「業者の言い分を聞いてだまされてはいけない」といった対立的態度の人も見受けられると聞く。この他、よく言われることだが、地元との協議が済んでいなくて着工までに半年もかかることがある、条件明示が不十分なために予想外の原価が発生する、特殊材料の価格が設計で安く見すぎている、提出書類に関して粗(あら)探しのような指摘をされ訂正させられるなど、利益を失う要因には事欠かない状況はあまり改善されていない。野田さんや奥平さんのような発注者は稀なのである。
私が今年の新年式で、今年度の経営方針のひとつに「人材育成(特にコミュニケーション能力)=発注者と施工者の対等の関係作り」を挙げたのは、発注者と受注者の片務性、即ち受注者のみが義務を負わされると言う関係を、何とか対等な関係に持って行きたいと考えているからであった。
ご承知の通り、今年度の国の公共事業予算は「コンクリートから人へ」の民主党の間違った政策の下に前年比18.3%約5兆7700億円と大幅で目茶苦茶な削減をされたが、当時の前原国土交通大臣は、国土交通省の予算削減目標額を1年間で達成したのだから、次年度以降は前年並みの予算編成をすると言った。しかし現実は、「国交省の公共事業5%削減=4兆6000億円に−来年度予算案」(時事)である。来年は、建設業にとって極めて厳しく恐ろしい年になるであろう。
利益が出なければ企業は存続できず、世の中に貢献できない。確実に利益を確保するためには、クッションゼロ(CZ)式予算管理を個別工事だけではなく、部門で、全社で、もっとスピードを上げて追求することだ。発注者の多くが「究極の発注者責任とは、受注者に損をさせないことだ」と意識改革するのを待っている余裕はないのである。