パーソナル・ソング

2015.03.25

総曲輪で民芸店をやっている長男が3月初め、彼の店の近くにある映画館「フォルツァ総曲輪」で3月7日の土曜日から上映する映画「パーソナル・ソング」のチラシを持って来てくれた。本年度サンダンス国際映画祭で観客賞を受賞したドキュメンタリー映画で、アルツハイマー病が音楽の力で劇的に改善した事例が紹介されている作品とのこと。

 (有)朝日ケアで老人介護事業を営む者として、これは観なければいけないと思った。そこで、上映時間を調べるためにインターネットで「フォルツァ総曲輪」を検索したところ予告編が載っていた。「アメリカで500万人、日本には400万人がいるといわれる認知症の人々。認知症やアルツハイ マー病には完全な治療法がまだ無い」のナレーションで始まり、終わりのほうで「1000ドルの薬より、一曲の音楽を!」の言葉が流れる。認知症の老人にiPodからヘッドフォンで音楽を聴かせると、全く無表情だった老人が「オー」と声を上げ、過去のことを思い出して話し出したり踊りだしたりするその変わり様にビックリした。早く観たいと心がはやった。

 毎日15:45から17:10までの1回だけの上映なので、3月8日の日曜日にこの映画を観た。どの場面も感動的だった。そして、アメリカでの認知症対応の歴史も知った。施設を作り、身体を拘束し、薬に頼った介護であり、日本も後追いをしているのだと分かった。そして、「1000ドルの薬より40ドルのiPod」という、iPodを使ってのこの音楽療法実験を生み出したダン・コーエン氏の言葉が強く印象に残った。4月から介護報酬が2.27%切り下げられると、多くの介護事業所が経営破たんし、介護を必要とする多くの日本のお年寄りと家族が大変なことになるのではないかと思っている私にとって、薬ではなくiPodで認知症を回復し医療費を抑えることができるという事実を知り、日本の介護の将来にほんのチョットだけ光明が見えた思いがした。

 映画を観終わり帰りに買ったパンフレットに、以下の文章が載っていた。

 「老人介護における大きな問題点は抗精神病薬に頼りすぎていることだ」と監督は語る。老人ホームの患者の20%が抗精神病薬を使用している。しかしヘンリーのような患者にとっては、音楽こそが、精神的にも経済的にも最も効果のある手法だということが証明されつつある。
 老いを研究する学者であり、長期介護の改革を唱えるビル・トーマス医師は言う。「現状の健康保険のシステムは、人間をまるで複雑な機械のように扱っている。ダイヤルを調節するように患者をコントロールできる薬は持っているのに、患者の心と魂に働きかけるようなことは一切しない。」

 「ほとんど効かない薬を開発する費用に比べれば、アメリカ中の老人ホームにいる患者に、それぞれのお気に入りである“パーソナル・ソング”を届けるほうが、よほど効果的だろう。」と語るトーマス医師。「一ヶ月1000ドル(約10万円)以上の抗うつ剤を処方箋として出すことは簡単。しかし残念ながら音楽療法は医学的行為として見なされていない。投薬がビジネスになっているのです。」

 あさひホームの介護スタッフにも観てほしいと思い、このチラシを拡大コピーして、上映が始まる前にホームに持って行った。後日、訪問介護のスタッフが「観に行きました。とても良かったです。訪問先でやってみたいけれど、どうやって好きな音楽を聞き出すかが課題になりますね」と語ってくれた。他にも何人かのスタッフが観に行ったようなので、感想を聞いてみたい。そして、あさひホームにおいても、利用者お一人お一人の「パーソナル・ソング」を見つけ、認知症の改善を促す取り組みをしてみたい。そのことで要介護度が下がり、連動して介護報酬が下がっても良いではないか。経営的には苦しくなるが経営理念に合致するのだから、収入のアップは他で知恵を絞ろう。

 この映画の原題:Alive insideは「中は生きている」という意味であり、無反応でそこにいるだけのような認知症の人でも、音楽が脳の生きている様々な領域に届き、心を呼び覚まして当時の記憶を蘇らせると、パンフレットに書いてあった。カラオケが嫌いで、歌を歌うことなどほとんどない私に、「パーソナル・ソング」があるのだろうかと思ってしまう。認知症になったときのために、今のうちにこんな曲が好きだったとメモしておこうと思った。