中西進先生 その2

2019.12.01

 5月のこのコラムで、3月3日(日)に富山県美術館で、高志の国文学館館長中西進氏の「余白空白 そして留守」という特別講演を聴いて、「表現の正道(せいどう)を真っ直ぐに歩いてきたのが日本画家である」という締めくくりの言葉に、日本人の感性に驚いたという話を書きました。

  この中西進先生の講演を、富山経済同友会の11月会員定例会で再び聴く機会を得ました。演題は「日本文化の原点『万葉集』をひもとく」で、今回はiPadを持って行かなかったので、案内チラシの裏に書き留めました。相変わらず、読み返して判読できない文字がありましたが、ぜひ皆さんにお伝えしたいと思います。

   1時間の講演は、(1)日本の歴史、(2)愛、(3)和、の3部構成でした。

 (1)日本の歴史では、万葉集の最初の歌を作った雄略天皇(注、420〜480?)の5世紀から始まると話し出されました。ギリシャはプラトンのアカデミズムに見られるように、政治の根幹は学術にあると考え、学術をよく知った哲学者でなければ政治家になってはいけないと考え、中国は官僚採用試験の科挙(かきょ)に見られるように、カンニングしても合格を目指し、自分の意見を持った者が政治を行う文人政治であった、これに対して日本は、天皇は和歌を詠めなければいけないという歌人政治であった、と解説されました。日本の政治の支配者は武士ではないのかと思われるかもしれないが、武士も歌を詠めなければ武士(もののふ)ではない、それを見事に表したのが万葉集の最初の歌であるとのことです。となれば天皇、皇后は立派な歌を詠まれますが、政治家で和歌を詠んだという人は、聞いたことがありません。

 (2)愛では、万葉集の最初の歌はプロポーズの歌であり、日本の骨組みを作っている愛が、根幹として国民性に染み付いていると話し始められました。「美しい」とは美しむ(うつくしむ)べきもので、愛しむ(いつくしむ)、愛おしむ(いとおしむ)と同じであり、美は愛の感情の中で価値観を決めている、これが愛の概念であると、いささか難しい話になりました。さらに、美とは中国の解釈では羊の焼肉だが(これはジョークか?)、論語で美と並んで最高の地位の善も羊から成り立っていると話が展開しました(漢字・漢和辞典:善は会意文字です(羊+言+口)。「ひつじの首」の象形と「2つの取っ手のある刃物の象形と口の象形。「原告と被告の発言」の意味から、羊を神のいけにえとして、両者がよい結論を求める事を意味し、そこから、「よい」を意味する「善」という漢字が成り立ちました)。(この後のメモは、書いている字が判読できず、何を書いているのかわからないので飛ばします)そして愛の歌である相聞(そうもん)と、死を歌っている挽歌(ばんか)の話に展開し、愛している者が死ぬから悲しい、愛もまた死、死もまた愛と続き、生きている喜びは愛することができる喜びであり、道を歩いていて夜空が美しい、夜景が美しいと思うのも愛であると結ばれました。「生きている喜びは愛することができる喜び」という話に、なるほどそういうことなのかと、合点しました。

 (3)和では、「和して同ぜず」というように、同はいけない。万葉集は集団で歌を作る歌群、連作だが、古今集は一句一句しか見ないという話から、聖徳太子の17条憲法は「和を以て貴しとなす」の平和を願う憲法であり、「篤く(あつく)三宝を敬い」として宗教で解決せよと言っている。怒ってはいけない、皆、自分が偉いと思うから怒ると、私には耳の痛い話をされました。また、万葉集は17条憲法の150年後の動乱期に編まれ未完に終わっていて、300年後に古今集が編まれたということです。さらに、8という偶数の最後と、9という奇数の最後を足すと17になるという話をされましたが、17には何か深い意味があるのでしょうね。和は、昭和の和、令和の和、そして私の名前の和夫の和だと思うと、和夫って良い名前だなあと思うのです。

   そして講演の最後はやはり「令和」の話で、善と並び美しさの最上級の言葉の令は、細やかな美しさのことで、これを「詳(くわ)しい」と言い、自立性を持った美しさが「令」である。誇り高くということで、英語で言うところのNoblesse  Oblige(ノブレス・オブリージュ、簡単に言うと「貴族の義務」)であると締めくくられました。「詳しい」がなぜ美しいと結びつくかと思い、詳細という言葉もあると思って大辞林を調べたら、「くわ・し 【細▽し・美▽し】( 形シク )こまやかに美しい。うるわしい。」とあり納得しました。

   5月のコラムの最後に「これからの令和の時代が、中西先生の持論『元号は時代に対する、おしゃれみたいなもの。美的な感覚を楽しむ文化の一つ』を実践し、肩の力を抜きつつも、うるわしい平和な時代を作るために、私も楽しみながら、しっかり歩んでいきたいものだと思います。」と書きましたが、経営においても、個人生活においても、美的感覚を楽しむことを本気で実践しなければいけないと、このコラムを書きながら思いました。思っても行動しなければ、思う意味がありませんからね。

   最後に、講演会で販売されていた、中西進先生監修のたくさんの本の中から買った「図解雑学 楽しくわかる万葉集」から、雄略天皇の歌の口語訳を紹介します。

籠(かご)よ、美しい籠をもち、箆(へら)よ、美しい箆を手に、この岡に菜(な)を摘(つ)む娘よ。あなたはどこの家の娘か。名はなんという。そらみつ【*大和(やまと)にかかる枕詞(まくらことば)】大和の国は、すべてわたしが従えているのだ。すべてわたしが支配しているのだ。わたしこそ明かそう。家がらも、わが名も。