9月2日に、我が家で飼っている柴犬の雑種の雄犬クロスケが17歳の誕生日を迎えましたが、クロスケについてはこのコラムで何度も取り上げています。
最初は2007年10月で「ガールフレンドができた」で、2回目が2009年9月の「初孫誕生-その1」、3回目が2009年10月の「初孫誕生-その2」、4回目が2022年7月の「クロスケのこと」、5回目が2022年11月の「グレーとクロ(スケ)」、6回目が2023年9月の「クロスケ14歳」、7回目が2024年9月の「タローとクロスケ」、8回目が2025年9月の「クロスケ16歳」、9回目が今年1月の「クロスケの近況」でした。
「ガールフレンドができた」では、私が60歳の時にクロスケの母親のハナをあさひホーム吉作で飼うことになったという話。「初孫誕生-その1」は、2009年9月2日に、我が家の玄関でハナが雄2匹、雌3匹の子どもを産んだ話。「初孫誕生-その2-」は、子犬たちの内の4匹はそれぞれ「あさひホーム」の介護スタッフや厨房の職員さんにもらわれていくことになり、我が家に1匹残したのがいちばんやんちゃだったクロスケであったという話。
「クロスケのこと」では、小さいときはとても臆病で、我が家の近くの介護事業所「あさひホーム吉作」に連れていくと、テーブルの下に潜り込んだのは良いけれど、頭からは出られずにお尻から後ずさりして出くることや、グレーチングがかけてあっても側溝を跳び越せないこと。「グレーとクロ(スケ)」では、夕方の散歩は主に妻がやってくれ、犬や猫が好きではないと言っていた妻が、「クロちゃん、何でそんなにないてるの?」とちゃん付けで呼びかけ、「仕方がないでしょう」と言いながらも散歩してくれることに感謝しているという話。「クロスケ14歳」では、「毎日散歩と食事以外はひたすら寝ているだけ」は前回のコラムの時と変わらず、23時間は玄関の中か前でうつ伏せになったり横になったりの格好で、ひたすら幸せそうに寝ています。「寝る子は育つ」と言いますが「寝る犬は長生きする」のでしょうね、と書きました。「タローとクロスケ」は、ほとり座で観た映画「石岡タロー」のビーグル犬の雑種のタローは81年の夏に18歳で亡くなったが、クロスケは15歳なのに、朝晩の散歩の時間以外は玄関の中で寝ていて、一日に22時間は寝ているだろうということ。玄関の外にいるときは、門の所に宅急便の配達員がやってくると大きな声で吠え、配達員が来たことを妻に知らせてくれること。私にとっても、朝の40分ほどの散歩は良い健康法だと書きました。「クロスケ16歳」では、14歳の時と比べると体力が衰えてきていて、ときどき側溝に落ち、落ちたら上がりにくいこと、以前は配達員が門に来ると吠えたのに今は全く吠えないことなどを記しています。そして「クロスケの近況」では、今年の1月17日の土曜日の7時半過ぎ、玄関を出てからリードを着けようと思いクロスケを玄関から出したところ、リードを着ける間もなく門の手前で右に曲がり、庭に入っていき、慌てて追いかけたけれど見つからず、8時過ぎからは、妻と一緒に妻の運転で花ノ木方面まで小一時間探し回りましたが見つかりません。妻は「これで、お別れかな?」と言います。帰宅して風呂に入っていたら、長男が「クロスケ、見つかったよ」と声をかけてくれました。自分の不注意でクロスケと生き別れになったと落ち込んでいたところにこの報告、目の前が明るくなる思いでした。と書きました。
クロスケの誕生日の1か月前の8月2日に、朝日建設とあさひホームで働いていたTさんに、クロスケと一緒に生まれたアキについてLINEで「アキは元気ですか?」とメールしたところ、「6月5日に旅立ちました。」との返信でした。後の3匹は、飼い主に連絡する術もないけれどどうしているのだろうかと思い、また、クロスケもいずれ死ぬのだなとセンチメンタルになりました。
過去9回クロスケにつて書いてきましたが、ここ3年ほどクロスケは明らかに弱ってきています。特に今年1月には家から逃げ出したのに、最近では歩くこともままならなくなっています。右の後ろ脚が弱っていて右脚を引きずりながら右に傾いて歩きます。玄関内に設置している囲いの中でも玄関先でも、ヨタヨタと左回りにぐるぐる回っています。ぐるぐる回るのは認知症で、Tさんの所のアキもそうだったとのことでした。
私とクロスケはよく似ています。食欲が旺盛なこと、早食いなこと、右脚が弱いこと、左脚を引きずりながらヨタヨタ歩くこと、寝るのが好きなことです。でも、認知症は似ていないと思います。
これからは毎月2日に「17歳と〇ケ月」(クロスケ)、79歳と〇ケ月」(私)とカウントしながら、来年の18歳と80歳の誕生日を迎えようと思います。そのためにも以前は朝40分間ほどクロスケと梨畑の中を散歩していたことを思い起こし、今は一人で1往復しかしていない庭の散歩を、庭の木々を眺めながらせめて5往復はしようと思います。
富山新聞の文化面に「潮間帯」というコラムが毎週1回掲載されます。6月29日の「潮間帯」は「折り返し点」というテーマでした。
私のパソコンに置いている「潮間帯」のフォルダーには、2020年4月2日の「飾り気のない卒業式」から8月17日の「永遠の未完成」まで43回分入っていました。今月のコラムを書くにあたり「飾り気のない卒業式」を読み返してみたら、日本で新型コロナウイルスの感染が始まった年の「声掛け」や合唱の無い卒業式の光景に、「卒業式とは本来、人生の節目に自分自身のこれまでとこれからとを見つめなおす儀式だ。その時間さえきちんと持てれば、それは最高の卒業式だったと胸を張ってよいのではないだろうか。」と書かれていました。なかなか良いコラムだと思い文末の筆名(ペンネーム)を見たら、「さし-」と書いてありました。
「折り返し点」の筆名は「綾の鼓」という優雅な筆名でした。他にどのような筆名があるかとチェックしてみたら、何とも愉快な筆名もありました。
「知縁児(チェンジ?)」、「蠕動」、「紫雲英」、「手風琴」、「鈴の緒」、「冬扇坊(通せん坊?)」、「名無師(名無し?)」、「大野郷」です。
8月17日の「永遠の未完成」は「冬扇坊」さんです。スペイン、バルセロナのサクラダ・ファミリア教会の主塔の完成の記事から、「凡ての芸術家は永遠を目指すと言えば、言い過ぎかもしれないが、無意識のうちに神の領分に手を掛けようとしているのではないか。」と記し、続けて、「このような芸術の持つ根源的な矛盾や宿命に断案を下したのが宮沢賢治である。『永久の未完成これ完成である』と『農民芸術概論綱要』で述べている。」、と私が最も尊敬する作家宮沢賢治の言葉を引用しています。
さて「折り返し点」です。
「今日は6月29日、1年をふたつに折ると、ちょうど折り目のあたりの日である。サッカーやラグビーといったスポーツでは、ハーフタイムの休憩が入る時間である。」(中略)「マラソンではロードコーンが置かれた折り返し点があって、選手たちがそこを通過する様子が中継されたりしているが、決してそこが真ん中という意味ではないらしい。しかしいずれの場合も、折り返し点はそこで気持ちを入れ替え、新しくするものである。心の向きを、変える場所なのである。」
「ところで私たちは、時の流れの中を漂う旅人なのだから、この世のことを終わりから眺めることはできない。だから人生の折り返し点がどこなのかは、遠く過ぎ去ってみて、はじめて知ることができることである。(中略)人生の折り返し点は、暦ではなく、おのれ自身が決めることなのだ。そしてその決定に従って、心の向きを変えるのだろう。」
「1年の折り返し点に立って振り返ってみると、これまでに経験した小さな折り返し点を思い出す。(中略)そんな瞬間は、誰の人生にもそっと訪れる。心が揺れたそのときこそ、折り返し点なのだ。向きを変えるか、そのまま進むかを決めるのは、暦ではなく自分自身である。私たちはそれぞれの心のなかに、折り返し点を作りながら生きているのかもしれない。」
私は来年1月に80歳、傘寿を迎えます。引用がずいぶん多くなったのは、自分もこれまでに一体いくつの折り返し点を経てきたのかと思いながら読んだからです。入学、卒業、初恋、昭和45年の就職、昭和50年の当社への入社、数々のお見合い、31歳での結婚、親になったこと、両親や弟の死、専務を経て社長になった44歳、57歳の時に、山口組がバックの中国人窃盗団に会社の金庫を破られ6678万円の手形を盗まれたものの、羽田空港で私と犯人とが手形と現金を交換した後、犯人の2人を現行犯逮捕し、これは全国の警察で富山警察署が初めての逮捕だったことなど、その後に向きを変えたり、そのまま進んだりした大きな折り返し点は直ぐに思い出せます。しかし、今回紹介したコラムに書かれているような小さな折り返し点は毎日あるのだけれども意識していなかったのだと気づかされました。もっとも、これも折り返し点、あれも折り返し点などと思っていたらノイローゼになってしまうでしょう。寝る時に、今日の一日を振り返る、そしていろんなことを思い出す、その思い出したことが折り返し点なのでしょう。
只今午後6時20分。総務部のドアの鍵を閉めて帰りましょう。これも、仕事から家庭への折り返し点ですね。
今年の1月23日の富山新聞に、日本一短い手紙のコンクール「第33回一筆啓上賞」の大賞が22日、発表され、金沢市大野町小3年の山口結衣さん(8)らの5作品が選ばれたという記事が載っていました。
この一筆啓上賞.は、福井県坂井市が平成5年(1993年)に創設し、以降34年に渡り毎年、心のこもった日本一短い手紙を募集しています。このコンクールは、徳川家康の家臣が戦陣から妻へ送った短い手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」にちなんで始まり、1〜40文字の手紙形式で毎年異なるテーマで募集されています。
今年のテーマは「失敗・成功」で、応募数 35,152通 入賞者数 157篇でしたので、山口さんの作品は、35,152通もの応募作品から選ばれたベスト5の作品ということになります。
山口さんは亡くなった母に宛て、「漢字テスト『手紙』を『毛紙』と書き、ばあばが温かい手紙だねと笑ってくれた。」と書きました。
祖母の田辺小登美さん(66)によると、漢字テストに「毛紙」と書いたことで100点を逃す「失敗」をした山口さんに、田辺さんが「毛が生えたふわふわの手紙だね」と声を掛けたひとときを表現したということです。山口さんは5月に福井県で行われる表彰式を楽しみにしていて、「家族みんなで福井に泊まりたい」と喜んでいたと記してありました。
山口さんは、私の孫娘と同い年です。お母さんはいつ亡くなったのでしょうか。家族みんなで福井に行きたいとあるので、お父さんや兄弟姉妹、祖父母と行こうと思っているのでしょうか。山口さんの作品を読み、彼女の将来はきっと明るいものになると思いました。
第1回新一筆啓上賞 日本一小さな物語「母」との往復書簡では、
(往)「子から母へ」お母さんへ 私はしばらく家出をします。探さないでください。(中3女子)
(復)「母から子へ」 いってらっしゃい。晩ご飯までには帰ってくるのよ。今日はハンバーグだから。
第2回新一筆啓上賞 日本一小さな物語「家族」との往復書簡では
(往)「ひいおばあちゃんへ」 ひ孫の由香です。分かりますか。今日は一体何歳なんですか。(中3女子)
(復)「ひいおばあちゃんから」 私には、ひ孫なんていませんよ。だってまだ結婚もしていませんのに。
《添書き》ボケてしまって、毎日年令の変わるひいおばあちゃんに手紙を出してみたら、娘すら生まれていない結婚前まで、もどっていた。
第3回新一筆啓上賞 日本一小さな物語「愛」の往復書簡
(往)「お母さんへ」 「ねつあい」ってなあに?(小3男児)
(復)「息子へ」 お父さんとお母さんのこと。
《添書き》たまごっちで遊んでいて、「ねつあい」というのが出てきたそうです。息子はどんなふうに意味を解釈したでしょうか?
それでは、私の一筆啓上です。
毎朝仏壇の祖父と父の写真に向かって、「朝日建設三代目社長の俺、仕事頑張ってるよ」