ほとり座で2024年に年間126本、2025年に年間124本の映画を観ました。今年は2月2日から2月20日までほとり座が空調工事のため休館だったにもかかわらず、今月25日までに既に144本観ています。
中にはこんな作品もありました。同性愛ものの「ドランクヌードル」、これは知人の女性が途中で出てきた映画でした。また、監禁、拷問、虐待、殺人の場面ばかりの「マーターズ」も、わざわざ水曜日の18時35分から観に行くことはなかったと思いました。入場する時にスタッフの男性が「怖いですよ」と話しかけてきましたが、その通りで、男性客がもう一人いたことが救いでした。帰りのエレベーターの中で彼に「怖い映画でしたね」と話しかけると、「こういうスプラッター映画は結構好きなんです。」と答えるのでした。世の中にはこういう人もいるんだと思い「スプラッター」を調べたら「スプラッターとは殺害シーンにおける生々しい描写に特徴のある、映画の様式のひとつである」とありました。
「ジョン・クランコ」は、ジョン・クランコが警察のおとり捜査により同性愛行為で起訴されるという出だしでしたが、彼はその後シュツットガルト・バレエ団の芸術監督になり、メトロポリタン歌劇場に招かれ世界の頂点に駆け上がるというストーリーでホッとしました。
反対に観て良かった映画は台湾映画の「霧のごとく」で、台湾映画史最高峰とチラシにありましたが、確かにその通りの映画でした。1950年代、戒厳令下の台湾で反政府分子として捕らえられた兄が台北で処刑されたことを知り、わずかな金と兄の形見の時計を手にひとり台北に向かう少女阿月(アグエー)が怪しい男に騙されて遊郭に売り飛ばされそうになったところを、人力車の車夫・趙公道(ザオ・ゴンダオ)に助けられ、手数料を払って兄の遺骨を見つけだすという物語です。阿月と趙公道の演技に引き込まれました。同じく台湾映画の「左利きの少女」、これは10月25日(土)に観ましたが、利き手である左手を祖父から「悪魔の手」だから使わないように言われるものの、母親がシングルマザーで貧しいので、左手でおもちゃを万引きする5歳の少女イージンとハイティーンの姉イーアンを中心に繰り広げられる物語です。最後の場面で、姉と妹ではなく母と娘だったことが明らかになったのには驚きましたが、心温まる映画でした。
中国映画の「長安のライチ」は、中国・唐の天宝年間に実在した「ライチ使」を題材に、楊貴妃の誕生日を祝うため皇帝から「数千キロ離れた産地から新鮮なライチを長安まで運べ」と命じられ、一粒のライチをめぐる前代未聞の任務に挑んだ下級官吏の旅路を、壮大かつユーモラスに描いた作品で、最初から最後までハラハラしながら観ました。共産主義の中国でこんな映画が作られることが驚きでもありました。
フランス映画では3月に観た「ポンヌフの恋人」、9月に観た「急に具合が悪くなる」が印象に残っています。「ポンヌフの恋人」は、パリで最も古く美しい橋ポンヌフで繰り広げられる大道芸人の青年と、橋の上で絵を描く失明の危機にかられた女画学生の純愛を描いた映画と解説にあります。ラストシーンは、画学生の父親が娘を探す張り紙に眼病の治療法が見つかったと書いているのを知った娘ですが、青年と恋に落ちた娘は治療をしないと決断します。純愛とはこういうものかと知った作品でした。
「急に具合が悪くなる」は、濱口竜介監督による、日本・フランス・ドイツ・ベルギー共同制作の映画で、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で、主演俳優の岡本多緒とヴィルジニー・エフィラの2人が女優賞を共同受賞した作品です。がん闘病中の演出家森崎真理とパリ郊外の介護施設の施設長のマリ―=ルー、同じ名前の響きを持つ偶然に導かれ、二人の交流が始まります。介護施設では、ユマニチュード(フランス語で人間らしさ)という包括的ケアメソッドを取り入れ入居者を庭の芝生の上を歩かせようとするマリ―=ルーと危険だからと反対する看護婦長とのやり取り、そして入居者が手をつないで裸足で芝生を歩く画面にホロっときました。朝日ケアのスタッフにも観るように勧め招待券を渡しました。
5月に観たスイス映画「ナースコール」は、人手不足の満床病棟で看護師に絶え間なく降りかかる激務と不測のトラブルを描いた社会はヒューマンドラマと解説にありますが、一晩の夜勤の間に起こる出来事を時には笑いも交えて描いた映画で、介護事業に携わる私にとって参考になりました。
日本映画も紹介しましょう。のんと安田章大がW主演の「平行と垂直」、松たか子が主演の「ナギダイアリー」、富山県出身で呉羽高校で演芸部に所属していた荻野友里が主演の「レンタル家族」、宮沢りえと北村巧海が出演する「しびれ」です。「平行と垂直」は、自閉症スペクトラムの兄と結婚を控える妹の温かくも強い絆を描いたヒューマンドラマです。一緒に観た友人は、のんと安田が腕を組んで結婚式場のレッドカーペットを歩く場面に涙していました。「ナギダイアリー」は、自然豊かな町「ナギ」で創作に打ち込む彫刻家の寄子(松)のもとに、弟の元妻で建築家の友梨が休暇をとって東京から訪れる。友梨をモデルに彫刻を制作する数日間を描いた映画です。第79回カンヌ国際映画祭では7分間に及ぶスタンディングオベーションが巻き起こり、海外メディアから「今年のベスト映画の一本」、「心を奪われた」などの高い評価を受けた作品です。「レンタル家族」は、認知症になったおばあさんが、娘が好きだった料理を作って待っていて、レンタルでやってきた離婚した娘と孫娘に会って楽しくおしゃべりをし、帰り際に娘と孫役が「また来るね」と言っていたように思います。「しびれ」は、新潟県の日本海沿いの町で生まれた少年・大地(北村)は、幼少期に暴君のようだった父の影響で言葉を失い、母・亜樹(宮沢)は、水商売で日銭を稼ぎながらも家に戻る時間の少なく、生活は苦しいものでした。20年の年を経て、父親を探し出した大地は、包丁で父親の腹を刺します。宮沢りえが年齢を重ね最後に肝硬変で死んでいく演技は見事でした。
「読書や映画は、日常に安心感や自分だけの世界を与えてくれる『手すり』のような役割を果たしてくれます。」という言葉がありますが、私にとって、ほとり座での映画鑑賞と寝る前の2、30分の読書は、まさに「手すり」だと思います。
9月2日に、我が家で飼っている柴犬の雑種の雄犬クロスケが17歳の誕生日を迎えましたが、クロスケについてはこのコラムで何度も取り上げています。
最初は2007年10月で「ガールフレンドができた」で、2回目が2009年9月の「初孫誕生-その1」、3回目が2009年10月の「初孫誕生-その2」、4回目が2022年7月の「クロスケのこと」、5回目が2022年11月の「グレーとクロ(スケ)」、6回目が2023年9月の「クロスケ14歳」、7回目が2024年9月の「タローとクロスケ」、8回目が2025年9月の「クロスケ16歳」、9回目が今年1月の「クロスケの近況」でした。
「ガールフレンドができた」では、私が60歳の時にクロスケの母親のハナをあさひホーム吉作で飼うことになったという話。「初孫誕生-その1」は、2009年9月2日に、我が家の玄関でハナが雄2匹、雌3匹の子どもを産んだ話。「初孫誕生-その2-」は、子犬たちの内の4匹はそれぞれ「あさひホーム」の介護スタッフや厨房の職員さんにもらわれていくことになり、我が家に1匹残したのがいちばんやんちゃだったクロスケであったという話。
「クロスケのこと」では、小さいときはとても臆病で、我が家の近くの介護事業所「あさひホーム吉作」に連れていくと、テーブルの下に潜り込んだのは良いけれど、頭からは出られずにお尻から後ずさりして出くることや、グレーチングがかけてあっても側溝を跳び越せないこと。「グレーとクロ(スケ)」では、夕方の散歩は主に妻がやってくれ、犬や猫が好きではないと言っていた妻が、「クロちゃん、何でそんなにないてるの?」とちゃん付けで呼びかけ、「仕方がないでしょう」と言いながらも散歩してくれることに感謝しているという話。「クロスケ14歳」では、「毎日散歩と食事以外はひたすら寝ているだけ」は前回のコラムの時と変わらず、23時間は玄関の中か前でうつ伏せになったり横になったりの格好で、ひたすら幸せそうに寝ています。「寝る子は育つ」と言いますが「寝る犬は長生きする」のでしょうね、と書きました。「タローとクロスケ」は、ほとり座で観た映画「石岡タロー」のビーグル犬の雑種のタローは81年の夏に18歳で亡くなったが、クロスケは15歳なのに、朝晩の散歩の時間以外は玄関の中で寝ていて、一日に22時間は寝ているだろうということ。玄関の外にいるときは、門の所に宅急便の配達員がやってくると大きな声で吠え、配達員が来たことを妻に知らせてくれること。私にとっても、朝の40分ほどの散歩は良い健康法だと書きました。「クロスケ16歳」では、14歳の時と比べると体力が衰えてきていて、ときどき側溝に落ち、落ちたら上がりにくいこと、以前は配達員が門に来ると吠えたのに今は全く吠えないことなどを記しています。そして「クロスケの近況」では、今年の1月17日の土曜日の7時半過ぎ、玄関を出てからリードを着けようと思いクロスケを玄関から出したところ、リードを着ける間もなく門の手前で右に曲がり、庭に入っていき、慌てて追いかけたけれど見つからず、8時過ぎからは、妻と一緒に妻の運転で花ノ木方面まで小一時間探し回りましたが見つかりません。妻は「これで、お別れかな?」と言います。帰宅して風呂に入っていたら、長男が「クロスケ、見つかったよ」と声をかけてくれました。自分の不注意でクロスケと生き別れになったと落ち込んでいたところにこの報告、目の前が明るくなる思いでした。と書きました。
クロスケの誕生日の1か月前の8月2日に、朝日建設とあさひホームで働いていたTさんに、クロスケと一緒に生まれたアキについてLINEで「アキは元気ですか?」とメールしたところ、「6月5日に旅立ちました。」との返信でした。後の3匹は、飼い主に連絡する術もないけれどどうしているのだろうかと思い、また、クロスケもいずれ死ぬのだなとセンチメンタルになりました。
過去9回クロスケにつて書いてきましたが、ここ3年ほどクロスケは明らかに弱ってきています。特に今年1月には家から逃げ出したのに、最近では歩くこともままならなくなっています。右の後ろ脚が弱っていて右脚を引きずりながら右に傾いて歩きます。玄関内に設置している囲いの中でも玄関先でも、ヨタヨタと左回りにぐるぐる回っています。ぐるぐる回るのは認知症で、Tさんの所のアキもそうだったとのことでした。
私とクロスケはよく似ています。食欲が旺盛なこと、早食いなこと、右脚が弱いこと、左脚を引きずりながらヨタヨタ歩くこと、寝るのが好きなことです。でも、認知症は似ていないと思います。
これからは毎月2日に「17歳と〇ケ月」(クロスケ)、79歳と〇ケ月」(私)とカウントしながら、来年の18歳と80歳の誕生日を迎えようと思います。そのためにも以前は朝40分間ほどクロスケと梨畑の中を散歩していたことを思い起こし、今は一人で1往復しかしていない庭の散歩を、庭の木々を眺めながらせめて5往復はしようと思います。
富山新聞の文化面に「潮間帯」というコラムが毎週1回掲載されます。6月29日の「潮間帯」は「折り返し点」というテーマでした。
私のパソコンに置いている「潮間帯」のフォルダーには、2020年4月2日の「飾り気のない卒業式」から8月17日の「永遠の未完成」まで43回分入っていました。今月のコラムを書くにあたり「飾り気のない卒業式」を読み返してみたら、日本で新型コロナウイルスの感染が始まった年の「声掛け」や合唱の無い卒業式の光景に、「卒業式とは本来、人生の節目に自分自身のこれまでとこれからとを見つめなおす儀式だ。その時間さえきちんと持てれば、それは最高の卒業式だったと胸を張ってよいのではないだろうか。」と書かれていました。なかなか良いコラムだと思い文末の筆名(ペンネーム)を見たら、「さし-」と書いてありました。
「折り返し点」の筆名は「綾の鼓」という優雅な筆名でした。他にどのような筆名があるかとチェックしてみたら、何とも愉快な筆名もありました。
「知縁児(チェンジ?)」、「蠕動」、「紫雲英」、「手風琴」、「鈴の緒」、「冬扇坊(通せん坊?)」、「名無師(名無し?)」、「大野郷」です。
8月17日の「永遠の未完成」は「冬扇坊」さんです。スペイン、バルセロナのサクラダ・ファミリア教会の主塔の完成の記事から、「凡ての芸術家は永遠を目指すと言えば、言い過ぎかもしれないが、無意識のうちに神の領分に手を掛けようとしているのではないか。」と記し、続けて、「このような芸術の持つ根源的な矛盾や宿命に断案を下したのが宮沢賢治である。『永久の未完成これ完成である』と『農民芸術概論綱要』で述べている。」、と私が最も尊敬する作家宮沢賢治の言葉を引用しています。
さて「折り返し点」です。
「今日は6月29日、1年をふたつに折ると、ちょうど折り目のあたりの日である。サッカーやラグビーといったスポーツでは、ハーフタイムの休憩が入る時間である。」(中略)「マラソンではロードコーンが置かれた折り返し点があって、選手たちがそこを通過する様子が中継されたりしているが、決してそこが真ん中という意味ではないらしい。しかしいずれの場合も、折り返し点はそこで気持ちを入れ替え、新しくするものである。心の向きを、変える場所なのである。」
「ところで私たちは、時の流れの中を漂う旅人なのだから、この世のことを終わりから眺めることはできない。だから人生の折り返し点がどこなのかは、遠く過ぎ去ってみて、はじめて知ることができることである。(中略)人生の折り返し点は、暦ではなく、おのれ自身が決めることなのだ。そしてその決定に従って、心の向きを変えるのだろう。」
「1年の折り返し点に立って振り返ってみると、これまでに経験した小さな折り返し点を思い出す。(中略)そんな瞬間は、誰の人生にもそっと訪れる。心が揺れたそのときこそ、折り返し点なのだ。向きを変えるか、そのまま進むかを決めるのは、暦ではなく自分自身である。私たちはそれぞれの心のなかに、折り返し点を作りながら生きているのかもしれない。」
私は来年1月に80歳、傘寿を迎えます。引用がずいぶん多くなったのは、自分もこれまでに一体いくつの折り返し点を経てきたのかと思いながら読んだからです。入学、卒業、初恋、昭和45年の就職、昭和50年の当社への入社、数々のお見合い、31歳での結婚、親になったこと、両親や弟の死、専務を経て社長になった44歳、57歳の時に、山口組がバックの中国人窃盗団に会社の金庫を破られ6678万円の手形を盗まれたものの、羽田空港で私と犯人とが手形と現金を交換した後、犯人の2人を現行犯逮捕し、これは全国の警察で富山警察署が初めての逮捕だったことなど、その後に向きを変えたり、そのまま進んだりした大きな折り返し点は直ぐに思い出せます。しかし、今回紹介したコラムに書かれているような小さな折り返し点は毎日あるのだけれども意識していなかったのだと気づかされました。もっとも、これも折り返し点、あれも折り返し点などと思っていたらノイローゼになってしまうでしょう。寝る時に、今日の一日を振り返る、そしていろんなことを思い出す、その思い出したことが折り返し点なのでしょう。
只今午後6時20分。総務部のドアの鍵を閉めて帰りましょう。これも、仕事から家庭への折り返し点ですね。